表題の通りですが、かねてから話題になっている神奈川県の主婦が発案した「憲法9条にノーベル平和賞を」という運動が進んでいます。
「憲法9条をノーベル平和賞に」推薦受理 実行委に連絡:朝日新聞デジタル

今回はノーベル平和賞の候補要件を満たして推薦状が受理されたのは良かったと思います。
一般の人がこうして多くの協力者を得て大きなことを成し遂げるというは見ていて気持ちが良いものです。

ただ内容については今回のこの動きに対して結構批判的な意見があって、その中核にあるのはやはり「憲法9条のおかげで平和が維持されたかのような言説はおかしい」ということになるでしょう。

また、「憲法9条に平和賞」というのも明らかにおかしいということもあります。
候補要件に「個人か団体」とあるようにノーベル賞は当然人間に与えられるものであり、法律に名誉を与えるというのは新しい概念というか発想の転換というか哲学的な命題ですね。
今回は候補要件を満たすために候補者を「悩んだ末日本人にした」ということなので、発想としてはやはり法律に賞を与えたかったようです。
「iPS細胞は素晴らしいから医学賞を」とか「カミオカンデに物理学賞を」みたいな感じでしょうか。「受賞者は日本人でいいんじゃね?」みたいな。


まぁ、結果論として僕個人的にはこの「平和憲法を守り戦後70年間戦争をしなかった日本人」がノーベル平和賞候補となったのは素晴らしいことだと思いますし、受賞できればなお良いと思います。

一方でこれを推進してる人達は憲法9条がどんな法律かよく分かっていないんだろうなとも思います。
憲法9条
  1. 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
  2. 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
よく知られているので文面が分かっていないということはないでしょう。
むしろ読めば読むほどノーベル平和賞に相応しい文面です。
問題はこの文面が全く守られていないことです。有名無実と言って良いでしょう。

このことからも「9条のおかげで平和が維持された」というのは全くの幻想で「9条に平和賞」が文面だけを見ていてどのように運用されているか知らない(もしくは興味が無い)人の発想だという事が分かります。
特に海外の人からみればこの法律は欺瞞にしか見えないでしょう。
それは9条を守れないのが悪いということではなく、「戦争の放棄」「戦力の不保持」は理想主義過ぎてそもそも無茶がありすぎるわけです。
普通なら「じゃあ現実的に変えよう」となりますが、日本の場合は理想主義は素晴らしいことのようなイメージがあるため拡大解釈によって維持されてきたわけです。

この欺瞞をもって「ノーベル平和賞を」というのは正直いささか恥ずかしい思いがあります。
現在のベクトルとして周辺国と友好が維持され軍縮が進んでいる状況ならまだ分かりますが、現実は逆で領土紛争においては世界が認知するところでもあるわけで、この状態ではまだまだではないでしょうか。

かつて首相だった佐藤栄作はノーベル平和賞を受賞しました。
受賞理由は「非核三原則」の制定です。
当時世界で核戦力が拡散、増強されている状況においてのこの理想主義はインパクトを与え賞賛されました。
しかし後に佐藤栄作はベトナム戦争で米軍支援を積極的に行い、さらに核推進派だったことが暴露され「ノーベル賞最大の過ち」とまで言われています。

今回の「9条に平和賞」は間違いなくこの佐藤栄作のケースを想起させるでしょう。
口さがない委員はこう言うかもしれません。
「また日本は騙そうとしてるんじゃないか」
9条の文面と現実を比べてみればそう言われても仕方が無いでしょう。
平和賞を受賞できれば嬉しい事ですが、そういうことも認識しておくほうが良いのではと思います。