コンピューター対人間の大局将棋・電王戦を観てその強さを示したコンピューターソフトが人間を超えたのかというところを推論していこうと思います。

オセロやチェスなどは既にだいぶ前からコンピューターが早い段階での全読み切りを達成してしまい人間は全く勝てなくなってしまいました。
その現在において思考ゲームで最もしのぎを削っているのは将棋だろうと思います。
チェスのチャンピオンが有名なIBMのディープ・ブルーに負けた時点でコンピューター将棋はまだまだ弱くちょっと強いアマチュアにも全く歯が立ちませんでした。
将棋の指しパターンが多すぎて浅いところまでしか読み切れなかったからです。

流れを変えたのがBonanzaという画期的な将棋ソフトです。
将棋を知らない開発者が作ったBonanzaは新しいアルゴリズムを使ってコンピューターの棋力を一気にアマチュア強豪レベルまで引き上げました。

Bonanzaはフリーソフトで誰でも利用可なので現在電王戦に出場しているコンピューターソフトの多くがこのBonanzaを基板にして開発されています。

Bonanzaが画期的だったのはそれまでコンピューターが弱かった部分である大局観を評価値という数値に置き換えて盤面の形勢判断に使ったことです。
その後評価値の改良やコンピューターそのものの性能が上がったことでプロ棋士に迫ってきました。

そして電王戦の4勝1敗と言う結果を出した現在、コンピューターはプロ棋士を超えたと言えるでしょう。
まだプロ棋士でもタイトルホルダーの出場は叶っていませんが、実質的には超えたと考えるのが自然です。
仮にタイトルホルダー棋士が電王戦出場棋士より数段強かったとしてもコンピューターのクラスタ技術が発達している現在では数百台、数千台と繋げば確実に羽生三冠や森内竜王・名人を超えるわけです。

しかしこれでは話が終わってしまうので実はそうでもないという意見を書いていこうと思います。

コンピューター将棋は強いと言ってもその手筋を全て読みきっているわけではありません。
読み切るのは本当に最期のところだけであり、序盤中盤は先に述べたように評価値を使って指しています。
つまり数手先、数十手先に評価値が上昇する手を打つわけです。この時コンピューターの性能が高ければ高いほど広く深く読めるのでより評価値が上昇する確率が上がります。

この評価値の信頼度ですが、現在はかなり精度が上がっており人間の形勢判断とほとんど変わりません。結果から考えれば人間以上ということも出来るでしょう。

つまりコンピューターの高性能化による読みの深さと評価値の精度の上昇によってコンピューターソフトはより強くなったわけです。
そしてこれらは今後もより強くなる部分でもあります。

ちなみに評価値の精度を上げる理屈というのはとても地味な作業で、数値をいじって勝率が上がれば成功、下がれば失敗ということをひたすら繰り返していくという意外と効率が悪いように思えるやり方です。
開発者も結構苦労してるんだなぁと思うところです


さて、そんな強いコンピューターソフトでもまだまだ出来ない事があります。
作戦の立案です。
将棋的に言えば序盤の駒組みとか戦型ですが、ここはまだコンピューターソフトは自律的には出来ません。
ではどうしているかというと過去の棋士の対局の棋譜を数万パターン入力し参考にしています。
ここは人間もそうですが、コンピューターにとってもどうしようもない所で、基本となる棋譜がないと一手目からいきなり長考に沈んでしまいます。なので過去の棋譜を参考にするわけです。

そしてこの部分で人間にできてコンピューターが当分出来ないのは新しい戦型を考えることです。
プロ棋士の世界では新しい戦型が次々に開発されていて現在では横歩取りという形が流行っています。(横歩取りは以前からあるけれど研究が盛んになったのは最近)
コンピューターはこういった新しい戦型を生み出せないので追随するしかありません。参考にする棋譜も少ないので自力で読んでいくしか無くなります。自然後手を引くことになりほとんど唯一と言っていい弱さを出します。

この序盤の構成や発想の部分は強くなったコンピューターソフトといえども未だに人間の棋譜に頼っています。逆に言えば人間側の強みなわけです。
強みとは言ってもそうそう新しい戦型を生み出せるわけではありませんが、対コンピューターに特化した戦型を考えるなら結構出来るんじゃないかと思っています。

今回対戦した菅井五段は「10年後には人間の方が強くなってるんじゃないか」と言っていました。
僕ももしかしたら対コンピューターに特化したプロ棋士というものがありえるならその可能性はあるのではないかと思っています。

そしてコンピューターの序盤の立案問題が解決しない以上コンピューターソフトはいつか(そう遠くない時期に)頭打ちになるでしょう。この部分で人間以上になれないからです。

Bonanzaはそれまで停滞していたコンピューター将棋ソフトにとって革命的なトピックでした。それと似たことが今後全くないとは言えませんが今のところその様子はありません。
ならば人間にも巻き返すチャンスは有るのだろうと思います。

忘れてはならないのはプロ棋士というのは天才の集まりだということです。小学生の時には周りに勝てる大人がいないというのが通常のプロ棋士のレベルです。
彼らがコンピューターの強さを受け入れて本気で向きあえばまだまだやれると考えるのは、時代に逆行していると言われたとしても信じる価値はあるのではないかと思っています。