先日結婚式にに行ってきましておめでとうございます。
それが関係したのかどうかはわからないのですが、あるニュースが目につきました。

血縁より法律上の親子関係を優先する判決 NHKニュース

これは簡単に説明しますと夫は妻から生まれた子供が自分の子でなくても自分の子として育てなければならないということです。
これについては男性側から異論が続出しているようですが、個人的には今更感が大きいんですね。

僕は同年代の人達より比較的早く結婚していたせいか、「何故結婚をするのか」という質問をよく受けました。
僕の場合はできちゃった婚だったので疑問の余地がないわけですが、適齢期の多くの人にとっては重い問題だったのだろうと思います。
特に女性から良くそういう質問を受けましたね。男はどんな時に結婚しようと思うのかと。
正直そんなのは人それぞれなので答えようもないんですが、よく言っていたのは

「結婚は子供の親を確定するためにする」


ということですね。
母親が誰かというのは間違えようもないので問題はないのですが、父親が誰かというのは度々問題になるわけです。
特にDNA鑑定が無い時代は父親を確定するのは不可能であり、「似てないから俺の子じゃない」などと言い始まったらキリがないわけです。
そこで結婚制度というものを作って「妻から生まれた子供は誰の子であっても夫の子とする」という契約を結ぶことにしたわけですね。

こういう話をすると特に女性からはがっかりした顔をされるんですよ。
「ずっと一緒にいたいから」とか「永遠の愛」とかいうクソみたいな答えを期待してたんでしょうね。
しかしこういった子供の問題は男からすれば大問題です。自然貞節の無い女性は避けられることになります。これが女性の貞節を重要視する風潮の根拠なのです。
そして「妻の子なら血縁上の父親が誰であっても自分が育てる」というのは相当深い愛がなければ成し得ないことだと思うのですが、この辺は女性にはあまりピンと来ないようです。これは女性に「扶養する」感覚が希薄だからではないかと考えています。

つまり結婚とは二人の愛を後押しするような感傷的な理由で制度化されているわけではなく、子供の生活が安定することを主目的として存在しているのです。

その意味で今回の裁判所が出した「血縁より法律上の親子関係を優先する判決」は当然と言えます。
しかしながら以前とは時代が変わっていることも事実です。
かつては女性一人で子供を育てるというのはほとんど不可能でしたが、今は貧困の問題はあるとはいえ多くの人がそうしています。
またDNA鑑定で血縁上の父親を確定することが出来るようになりました。
そこで改めて夫が子と血縁が無かった場合の処遇が注目されたわけです。

訴えとしては「血縁がないのだから親子関係を取り消して欲しい」という不存在の確認と「血縁が無くても親子であることを確定して欲しい」という存在確認の両方が出されていました。
結論としては何度も述べたように「血縁がなくても妻の子は夫の子である」ということになりました。

これは当然の判断だと個人的には考えています。
先に書いたように元々結婚制度は子供のためにあるわけですから。子供の安定が最優先で考えられるべきだからです。

結婚に対する考え方は人それぞれでいいと僕は思っています。
永遠の愛を誓うために結婚してもいいですし、単に「結婚したいから」でも構わないと思います。
子供がいらないという夫婦も多いですし、事情があって出来ないカップルもいるでしょう。
それは人それぞれです。

しかし根本的なところでは今回の裁判所の判断が示すように誰の子であっても「子供が最優先」という意識は社会で共有するべきではないでしょうか。
今回の裁判所の判断に対する反応をみるとその辺が心配になった次第です。