読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー [セラピーシリーズ] (ムックセレクト)
読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー


・禁煙するつもりの無かった僕が禁煙した理由


人から貰わなければ僕がこの本を読むことは無かっただろうと思う。なぜなら私は禁煙するつもりなど全くなかったからだ。
正確には禁煙することを諦めていたんだろうと思う。一生喫煙者であることを心の何処かで覚悟していたようなところがあった。
しかしそれがこの本を読んであっさりやめることになったのはまさに晴天の霹靂だった。
「本当にそんなことがあるんだ」というのが偽ざる感想だ。

僕は今まで日に約50本ほどタバコを吸っていた。ヘビースモーカーの部類に入っていたと思う。
周囲に喫煙者が多く、気兼ねなく吸える職場環境もあいまって禁煙に取り組むモチベーションにはなかなかならなかった。一方で昨今の喫煙者であることの肩身の狭さも感じていた。その最大のものは相次ぐタバコの値上げだろう。「次はいつ大幅値上げされるのか」そう思ってはビクビクしていた。それでも僕が考えていたのは禁煙ではなく、「次の値上げをどうしのごうか」ということだった。これまで値上げの度に本数を減らせばいいだろうと思いつつも結局変わらずより搾取されるだけだったにも関わらずだ。
しかし今の僕はそうした心配から開放された。自由になったと感じている。なぜ急にそんなことが起きたのか。


この本を貰い、手にした時の僕の気持ちは「読むだけでやめられる?誰でも簡単に?なぜそんな嘘がまかり通っているのか。僕がそのペテンを暴いてやろう」という気持ちでいっぱいだった。ワクワクしさえもした。そういう時の僕は生き生きするのだ。
大抵、こういった何とかセラピーっていうのは期待はずれのペテンか詐欺と思っていた(今でもそうだけど)。どうせタバコの悪い部分をあげつらい、それでもやめられないのは喫煙者の心に問題があるのだなどど言い出すに決まってる。挙句に高価な製品を買わせようとするかもしれない。もちろん僕はそんなことには引っかからないぜ(キリッ。僕はこの本についてもそういった姿勢で臨んだ。この時点でもまだやめる気などさらさら無かったのだ。

しかし実際読み始めるとその内容は僕の予想を裏切るものだった。
「本書を読み終えるまでは煙草をやめないで下さい。」
まずはこの言葉に衝撃を受けた。禁煙セラピーなのに一見矛盾して喫煙者に吸う理由を与えいるのだ。全然やめる気の無かった僕だがこれで何だか居心地悪くなった。「どうせやめるんだから慌てるな」と言われているようだったのだ。なぜそんなに自信があるのか。僕は興味を持って本書を読み進めることになった。

本書の禁煙方法はシンプルだ。簡単に言えばただ「吸わないこと」。これが出発点だ。
それが出来ないからみんな苦労しているのだが、本書が秀逸なのは出来ない理由を「洗脳、思い込み」だと喝破しているところだ。これまで喫煙者は自分がタバコを吸ってしまう、やめられないのは自分の意志が弱いせいだと思い込んでいた。だから禁煙という行為は自分との戦いになり辛い行為だったのだ。
しかし、洗脳ならばそれを解けばいい。それだけで苦労せずやめられる。そもそも吸う理由など無いのだから。

本書にももちろん煙草による害は書かれている。が、それがメインストリームではない。この洗脳を解くこと、あるいは再洗脳することがメインだ。
洗脳とは、つまり、タバコを吸う側の論理だ。「タバコの害は証明されていない」「集中力が増す」「ストレス解消になる」「タバコはカッコイイ」「中毒性があるからやめられない」など。
そしてその全てを「幻想」と切って捨てている。

僕はこの段階でも疑っていた。本当に禁煙できないのは洗脳されているからなのか?それさえ無ければ簡単にやめられるのか?
そしてその疑問の答えを僕は自分で試すことが出来る。辛かったらすぐやめてしまえばいい、元々禁煙するつもりなど無いのだから。そして吸わないまま2ヶ月近く経った。この論理は証明されたのだ。

最大の驚きは中毒症状なんて無かったということだ。タバコをやめるのが辛いのはニコチン中毒による禁断症状だとばかり思っていた僕には不思議でならなかった。僕は今まで本当に洗脳されていたのか。それとも本書によって洗脳されたために禁断症状はないと思い込んでいるからなのか。何れにしても吸う理由が無いのならそれに越したことはないだろう。



・僕がタバコを始めた理由

僕がタバコを吸い始めたのは15歳の時だった。良くある友人や悪い仲間に勧められてということではない。当時僕の周りにタバコを吸う人はいなかった。
直接の切っ掛けになったのはハードボイルド小説だった。レイモンド・チャンドラーやギャビン・ライアル、村上春樹。その主人公に必須のアイテムがタバコだった。こうした小説にはまっていた僕がタバコを吸うことに憧れたのは必然と言ってよかった。
しかし、それは洗脳だったのか、と言われると疑問符がつく。恐らくそうではないだろう。洗脳はもっと他のところにあった。


・逆効果なタバコの害を並べ立てる方法

タバコの害がいたるところで喧伝されているがこれは僕にとって逆効果だった。僕が洗脳されていたとすればこれだ。
こうした喧伝はまだタバコを吸っていない人に対しては効果が高いと思う。しかし、既に吸っている人、とくに長く吸っている人にとっては逆効果なケースが有る。それは、リスクの対価としてリターンを受け取っているという思い込みだ。それは上に挙げたような「集中力」や「ストレス解消」などだ。
それらはタバコの害が喧伝されるほど確信を得ていく。人は自分がしていた、してきたことを全くのムダだと思いたくないものだ。


・タバコとどう付き合うのか

本書では「タバコをやめるためには1本も吸わない覚悟が必要だ」と書かれていた。1本吸うことでまたヘビースモーカーに逆戻りだと。
しかし僕は元々覚悟を持って禁煙したわけではないのでこれにはちょっと荷が重く感じる。僕にとってタバコは1理位はあって、良い思い出もあるのだ。そういうシチュエーションになった時僕はまたタバコを吸うかもしれない。ただ恒常的に吸うことはもう無いだろう。
毒だからといって寿司にわさびを付けない人はいない。毒だからといってケーキを食べない人はいない。同じようにこれからはタバコも嗜好品の一つとして接することが出来れば良いなと思う。